〈私の被災の状況@ほげぴ〉
東日本大震災において被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
災害に負けないように、みんなで助け合って頑張っていきましょう。
今回は私の震災のことを書いてみます。
チィキーズ編集室がある川口印刷工業(株)は、盛岡南インターチェンジのそばにあります。盛岡市内なので、地震の揺れによる被害は大きくありませんでした。それでも空調設備が一部壊れてしまったため、いまも会社では暖房がききませんけどね。
盛岡市内における地震被害はこのくらいだった、ということになります。
配管のある設備はけっこうダメージを受けやすいようですね。設備が動いてしまうと配管が外れたり、壊れたりしてしまう。もちろんユーザー側では修理できないので、震災後に業者さんが修理してくれるまで設備が使えなくなります。広範囲で被害が発生すると、業者さんのキャパシティを超えてしまうので、復旧に時間がかかります。
会社の建物自体は古くないし、頑丈な鉄筋コンクリート作りなので、多少の地震ではびくともしません。
印刷工場は大型で重量のある設備を入れるので、新しい工場であれば、建物はかなり頑丈に作ってあります。
でも内部にある設備や設置している機械はそういうふうにはなっていません。地震があるとそれら設備や機材類が動いたり、倒れたりする可能性がある。だから逃げられるうちに逃げないとあぶないです。
大きな地震がきたのは、3/11の 14:46頃でした。実はその前に、9日ごろにも中規模の地震があり、その余震が続いていました。だから今回も「どうせ余震だろう」と最初は気にしていなかった。
ところが揺れがどんどん大きくなって来たので、とりあえず私は PCの電源を切って、ピュ〜〜っと社外に避難をしました。
その時に屋外に避難した人は、たぶん全社員の 1/3くらいだったでしょうか。ケガをした人はいなかったので、揺れ自体はそれほどひどくありませんでしたけど、本当ならもっと大勢の人が避難しないといけないんじゃないのかな。物が倒れたり移動したりすると、避難自体できなくなってしまいますからね。動いたキャビネットや机に、避難を妨げられてしまいます。
会社では避難訓練を毎年行っています。でもその想定は火災です。
「避難誘導員の指示に従って避難する」という訓練をしている。でも、地震ではそんな余裕なんかありません。「揺れが大きくなりそうだ」と各自で判断したら、自主的に避難するしかないです。
最初の揺れの後に、繰り返し、大きな揺れが来ました。2回目、3回目ではさすがに全員が屋外に避難していました。
最初の揺れの段階だと思いますが停電になっていて、天井から温水が降っていました。天井のエアコンの配管が壊れたようです。停電で屋内は薄暗くなっていたので、被害の様子はそのときは良く分からない状態でした。
大きな建物の場合、窓があるのは外壁に面している部屋だけですから、多くの部屋は停電になると暗くなってしまいます。
実は天井の空調機も一部に固定が壊れていて、天井から半分落ちかかっているような状態の物がありました。でもそのときは暗くて気がつきませんでした。
強い揺れが繰り返しやってくるため、その都度屋外に退避。最終的には、社内に留まっても意味がないし危険だと判断がされ、ほとんどの社員はその時点で帰宅することになりました。
電気がつかないことには、安全を確認できないし、会社でできることは何もありませんので。
車で明るいうちに帰宅を始めたわけですが、帰りの道路は大渋滞になっていました。なにしろ信号機が全てとまっていましたら当然です。家に帰り着くまで 2時間くらいかかったでしょうか。
そういう状態で交差点を直進したり左折するのは、むやみに時間がかかることがわかりました。
そういう場合は、いったん交差点を左折して、それから Uターンし、さっきの交差点を左折する。(右折の時は直進する)そうすると結果的に直進(右折)したことになります。そうやって進行した方が安全だし、時間もかかりません。
困ったことに、この時点で私の車のガソリンは非常に少なくなっていました。なにしろ帰りにスタンドで給油するつもりで、会社に来ていたんですから。しかしもちろんスタンドは営業していないし、大渋滞に巻き込まれて無駄にガソリンを消費してしまいました。
家に帰った時点では、会社に往復できる程度のガソリンは残っていませんでした。
それから家に帰って2日間の停電生活になりました。信号機まで止まった事は初めての経験でしたが、その時点では「すぐに電気は回復するだろうな」と楽観的に考えていました。
実際にはそんなレベルの災害ではなかったわけです。
私の家にはラジオがほとんどありません。
いや、ラジカセはあります。ところがそのラジカセは単一電池を 10本入れないと動かない代物なんです。さすがに単一電池を 10本も常備なんかしていません。電池で動くラジオは他にないので、家の中ではラジオが聞けませんでした。
ラジオは車でも聞けたんですが、その時点では重大な震災とは思わなかったので、ろうそくや懐中電灯で夕食を食べて寝てしまいました。まぁ、ちょっとしたキャンプ気分でしたね。
テレビが見れないので家族で UNOをやって遊びました。
電池で動くラジオは絶対に必需品です。防災番組で繰り返し言われているんですが、本当ですね。安物でも良いので、非常持出しのリュックの中に入れておきましょう。
私の家には反射型の石油ストーブが1つだけあります。電気を使わないので、停電でも暖房ができます。
またストーブでお湯も沸かせるし、調理もできます。ラジオと同様、電気を使わないストーブは必ず家に1つはあった方が良いです。
で、朝が来たのですが、停電が直っていない!
これほど長く停電が続いたのは初めてです。信号も止まっている。
どうやら盛岡全域か、それ以上の範囲で停電しているらしい。「これは、もしかして、大変な事なのか。。。」と思い、車のラジオで状況を知りました。
家には買い置きの乾電池(充電池)とロウソクが大量にありました。電池を使う機器がいっぱいあったので、数十本はあります。このため、それほど不安を感じずに過ごす事ができました。
でも、夜の灯りをロウソクと懐中電灯に頼っていると、みるみる電池やロウソクが消費します。思ってた以上にです。
電池やロウソクの節約をするなら、一番良いのは、やはり早寝早起。明るくなったら起きる。暗くなったら寝る。それが一番でした。
反射型ストーブでは家中を暖めるのは無理です。寝室は寒いままだし、ストーブのある居間も10〜15度くらいにしかなりません。でも暖房が全くない家も多くあったはずなので、それと比べれば我が家は恵まれていました。
その時点では水道も問題なく出ていましたから、あまり不便は感じませんでした。
しかしその状態がいっこうに改善されないし、車のラジオで断片的に状況を聞くにつれて、とんでもない大災害だということが分かってきました。
そのうちに水道の出も徐々に悪くなって来て、このときが一番不安を感じました。
電気と水道の両方が止まることなんてことは、いままで経験した記憶がありません。車はガソリン不足で動けないし、たとえ車を出しても大渋滞に巻き込まれるだけ。ほとんどの店は営業していないに決まっている。
日曜日の午後には電気が復旧しました。しかし水道の状態はさらに悪化していて完全に出ない状態になってました。
電気がないのも困りますが、水道が出ないのもかなり困ります。トイレが流せない。
実際には水道の出が悪くなった段階で、バケツや洗濯機、浴槽、鍋、ありったけのペットボトルに水を溜めておいたので大丈夫でした。それらがなくなる前に水道も復旧しましたから、水不足を感じずにすみました。
しかし、その後はガソリン不足で困ることになります。それは今も続いています。
会社に出社できない、なんてことはたいした問題じゃないです。それよりも、物流が悪くなる事によって食料品や生活物資が不足することが困ります。また、様々な公共サービスも、低下してきています。
ガソリンの供給が回復しないと、物流の麻痺はだんだん深刻になって行くはずです。今はそれに強く不安を感じています。
ガソリン不足に直面してみて、電気自動車あるいは電動バイクが欲しくなりましたね。逆に、こういう事でもないと、それら製品のありがたみは実感しなかったかも。
今回の震災後に、一気に電気自動車、電動バイクの普及が進むかもしれません。
あと、太陽電池式の外部バッテリーパックが必需品だと思いました。
私は手回し式の携帯電話充電器を持っていたんですが、あれは効率が悪すぎる。長時間レバーを回し続けても、ほんの少ししか充電できません。長時間、レバーを回すのはかなり疲れます。太陽電池式の充電パックを複数持っていれば、楽に携帯電話の電源を維持できたと思います。
あと、ランプなのですが、太陽電池式のガーデンランプが便利だそうです。日中太陽電池で充電されていて、暗くなると LEDランプが自動でつきます。けっこう長く点灯しているので、あれで夜を過ごせます。複数個庭においてあれば、ロウソクや電池をかなり節約できたかもしれません。今になってそう思いました。
日頃から防災については、もっと真剣に考えておかないとダメだなぁ、と今さら痛感しています。